「スキよ?」
人通りの少ない雑穀畑ではあるが、星矢という弟子がいる限り、公衆の面前ではある。
星矢は、あんぐりと口を開けてそれを言った師匠と、言われたアイオリアを見比べた。
脇に植えられたオリーブの木に登ってゆらしては、地面に落ちる実を拾い集めることに専念していた少年に、前後の脈絡は読めない。
「わかってる」
アイオリアは眉ひとつ動かさない。その続きも、聞き慣れているみたいに平静だ。
日頃冷静で感情を見せない魔鈴の方が、若干苛立っているようだった。
「スキだけじゃ足りない」
「いかんか」
「あなたはそれでいいかもしれないけど。私はかまってほしいのよ」
「めんどくさいな。日本人は」
「日本人だけじゃなくて、全世界的な傾向だと思うけど? スキだけでどうにかなる、どうにかしようとするのは大抵男だね。どうにかなっちゃうからそうするんだろうけどさ」
「魔鈴だって聖闘士なんだから、スキだけで充分だろ」
「でも、ほしいのさ。じゃないと、うまくやれないから」
「参ったな。変なところで強情なんだから」
話している間に、アイオリアの表情が和らいでゆく。
呆れたように、だが訴えてくる女を愛しそうに見おろす視線に、星矢はあわわと退散した。
「お、お邪魔だよね! オレ、ちょっとランニングしてくるっ!」
「星矢!! さぼるんじゃないよ!!」
鋭い声が弟子を引き止めたが、「まぁ、いいだろう」とアイオリアが引き止めた。
「よくないね。実を落とすだけ落として拾わないなんて。今夜のピザを口にする資格はないよ」
「たまには、自由にさせてやれよ。星矢はよくがんばっている」
「甘過ぎんのよ」
「お前が厳しすぎるから、ちょうど良いだろ」
「獅子らしく、崖から突き落としなさいよ」
魔鈴はフンと呟くと、手にしていた鍬(スキ)をアイオリアに渡した。
「とにかくさ、鎌(カマ)持ってくるわ。鎌でちゃんと刈らないと、不格好だろ。何でもかんでも鍬でやるのは性分にあわない」
「ほんと、日本人は几帳面だな」
「ギリシャ人が大雑把すぎるのよ」
兵舎の食事は配給制ではあるが、聖域暮らしの基本は自給自足。黄金聖闘士はそんな雑用をしなくても良いのだが、割と気さくに参加する者も多い。アイオリアに至っては、そうしなければ肉体を維持するに満足な食事にありつけないという事情もあるが。
というわけで、逆賊の弟と東洋人の聖闘士は、本日の農作業について語りあっていたのである。
大いなる誤解をしたまま、聖域の周辺をぐるぐるランニングにいそしむ星矢。
ほぼマッハのスピードで、ときどきは花を摘む姿を、シャイナ一味に笑われまくったが、今日は気にならない。言い返す気もしない。
「なんとなくそうなのかなって思ってたけどさ。なんだって今日はいきなり大胆なんだよ。誕生日だから???」
ドキドキの少年は、本日誕生日を迎えた師匠のために花を摘みながら走る。
もちろん、見目麗しいだけとか、愛らしいだけの花は手折らない。
薬や食料になることが最優先の選択である。
弟子は師匠をわかっている。だけど、わかんないこともある。
ああ、何時に帰ったらお邪魔にならないんだろう。
少年は、ひとり無駄に気を回しまくりつつ、本人も脳味噌もぐるぐるまわりまくっていた。
おしまい