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凍結中のサイト「雪見酒girl's talk(http://loveasgard.yukimizake.net/)」の続編など。 聖闘士星矢アスガルド編、黄金、女の子中心。捏造多め。ノマカプ推し。
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 絵梨衣は揺れる列車の中で眠り、たっぷり寝坊してから目を覚ました。
 車窓は、昨夜の幻想的な夜景と別世界を映していた。
 赤や黄色に紅葉した白樺の森が、どこまでもどこまでも広がっている。
 時折現れる山小屋風の茶色い家や、沼や湖とのコントラストがこの上なく美しい。真紅と黄金のタペストリーみたいだ。
 噂ではとんでもなく退屈な車窓と聞いていたが、短い秋のこの一瞬だけは違うみたいだ。
 絵はがきみたいなベストショットが、際限なく続いている。
 やがて白樺林が途切れると、枯れた草木が覆う荒涼とした大地が広がっていった。ところどころ、むき出しの黒い土が盛り上がっていた。そしてまた、金色の森が現れ、枯れた草原を通り越し――
 車窓をながめながらバッグをたぐりよせ、閉じなおした赤い日記に手を伸ばした。
 最もショッキングな記述を最初に読んでしまったが、前半はなんてことない。ナターシャの日記は、練習中に足を挫いた日にはじまっていた。
 何時に起き、何時に食事をとり、どんな薬を飲み、どんなリハビリをしたかの箇条書き。
 日記というよりは日誌だ。
 何を思ったか、感じたかは、全く言及しない。
 まるで印刷されたみたいに、美しいキリル文字だった。

 数ページの余白の後、唐突に文字が乱れた。
 筆跡は同じだが、不適切な語形変化、スペルの間違いが目立つ。
 得た金品の種類と値段、飲酒量、吸引する為に買ったボンドの量の記録と、彼女と関係した人物たちのイニシャルと、何をしたか、何をされたかなどが、スラングを交えて書き殴られている。
 氷河には見せられないと確信した、痛々しくて生々しい記録は、半年ほど続いた。

 それから、また数ページの空白の後に、突然、文字が整然とした。
 日付が、数週間とんだ。


 5月14日 
 サーシャが提供してくれた家に引っ越した。
 備え付けのストーブとデスクがあった。

 5月15日
 サーシャがビーツを持ってきてくれた。
 スープの作り方を習った。

 5月16日
 風邪をひいた。つわりが続いている。

 5月20日
 外から、私を呼ぶ声が聞こえた。
 スラムで一緒だった人たちだ。
 ひどく酔っぱらっている。子供を殺すと叫んでいる。
 誰かが通報してくれたのだろう。しばらくして、警察がやってきた。
 おもてが、静かになった。

 5月21日
 熱が下がった。黒パンを少し食べた。

 5月22日
 雨が降った。

 5月23日
 サーシャが来た。
 痩せすぎだと怒られた。
 舞台衣装を縫う仕事を紹介してくれた。
 
 5月24日
 仕事が決まった。
 仮縫いされた衣装を、2着仕上げた。
 
 5月25日
 仕事の量が増えた。
 ヒョウガが生まれてくる日の為に、石炭をたくさん蓄えたい。
 つわりが続いている。昨日から、何も食べてない。
 紅茶がおいしい。

 
 ――。

 バレリーナ時代よりは幾分暖かみがあるが、そっけない記録に戻った。
 空白の数週間に何が起こったのか、全く記述がない。
 突如日記に登場した「サーシャ」は、絵梨衣が取材したアレクサンドラ・パーヴロヴァだろう。
    あのあと図書館で調べたが、連邦時代の国立劇団の名簿に、「リストビャンカの孤児院出身のナターシャ」は、存在しない。最初からいなかったことになっている。
ようは、踊れなくなったバレリーナを追い出し、追放を隠蔽したのだろう。
そういうことが日常的に有ったことなのか、ナターシャに返す実家がなかったからかは、わからない。
ただ、言論も行動も厳しく規制されていた時代に、よくアレクサンドラはこれだけ動けたと思う。
 

 6月10日
 嬉しいニュース。サーシャがプリマドンナの座を射止めた。
 
 6月11日
 微妙なニュース。サーシャとミツマサの写真が、新聞に掲載されていた。

 6月12日
 サーシャが尋ねてきた。
 あんな男の子供を産むのは、やめなさいと言われた。
 
 6月19日
 つわりがひどい。水を飲んでももどしてしまう。
 今日は、一着しか縫えなかった。

 6月23日
 サーシャが会いに来た。しばらく会えないと言われた。
 私をかくまっていることを、劇団に感づかれたかもしれないと。
 サーシャ。愛しいサーシャ。麗しのアレクサンドラ。
 住む家を、仕事を、最大限の支援をしてくれた彼女に、恩返しもできないなんて。
 さよならのかわりに、おなかを撫でてくれた。
「この間はごめんなさいね。この子の命は、この子のものなのにね」と。
 ああ、サーシャ。胸が張り裂けそう。
 彼女が世界一のプリマドンナになれますように!


 赤の日記は、アレクサンドラとの別れで終わっている。
 絵梨衣は、呆然として日記を閉じた。そして、何を考えるでもなく反対側の寝台を見つめた。
 やがて列車が停車して、同じコンパーメントに白髪の老婆が乗り込でんできた。
 耳が遠いのか、性格か、挨拶をしてもニコリともしない。荷物を置いて白いテーブルの前に陣取ると、聖書を読み始め、やがて眠ってしまった。
 絵梨衣は赤いノートをトートにしまい、青いノートを手に取った。

 2冊目からは、彼女の思想や、人々との関わりが、詳細に綴られるようになっていた。


 愛について。
 私は「ミツマサ」という名の日本人を愛している。
 運命の出会いだった。
 場所は、高級ホテルから、劇場に向かう道の途中。彼のリムジンに、私が上手に、怪我をしないようにぶつかったのだ。
 彼は私には何も支払わず、待ちかまえていた仲間たちにお金を渡して、私だけをリムジンに乗せた。数ヶ月は遊んで暮らせそうな大金を手にした彼らは、助けを求める私を無視した。
 行き先は、高級ホテルのスイートルームだった。
 滞在期間中、ミツマサがいるときは彼と過ごし、いないときは家庭教師にロシア語のさらいなおしと、日本語を教わった。
 出国の前日、リムジンはスラムの入り口ではなく、裕福ではないが比較的治安の良い区画に止まった。小さな小さなアパートの一室で、親友のサーシャと再会を果たした。
 ミツマサと会ったのはそれっきりだ。

 世界中に恋人がいる彼を、サーシャは「最低の男」と言った。
 私とサーシャが、唯一意見が食い違った部分だ。

 確かに、ミツマサには、数え切れないほど恋人がいる。
 恋人の数より子供の数の方が、多いかもしれない。
 そんな子供たちのために、必要とあらば私財で孤児院を建てている。

 つまり、彼の愛は結婚という形態を必要としないのだ。
 
 私は彼を、素晴らしい人だと思う。
 愛と正義に生きるとは、こういうことだと思う。
 
 ヒョウガにミツマサの血が流れていることを、私は誇りに思う。
 


 ノート自体が贅沢品なのだろう。
 ページをめくるたびに、ノートが変わるたびに、字が細く、小さくなってゆく。
 比例して、内容は日に日に豊かになっていった。
 子供を愛し、子供の父親を愛し、神への感謝を捧げ続ける。
 敬虔なる正教徒に生まれ変わった女性の、祈りにも似た記録は、子供のいない絵梨衣には衝撃だった。
 もともとナターシャは、清らかで芯の強い娘だったのだろう。 
 不可抗力でねじ曲げられて濁流に呑まれた清水が、美しい瀬を見つけたようなもの。「生まれ変わった」というよりは、「戻った」だけなのかもしれない。 
 氷河が話してくれた母親像と、もはやブレはない。

「そうか……そういうこと、なのですね」

 絵梨衣は、物言わぬ冊子に語りかけた。
 出生を選べなかったことと、少女の頃に犯した過ちが、自分と重なる。
 怪我さえしなければ得たはずの栄光。それらと決別を果たそうともがく彼女を、身近に思う。愛しく思う。
 日誌のような記録しか書かなかった少女が、友との別れを経て情緒を得た。
 愛する子供を得て、しなやかさを増した。
 世間的には決して誉められない未婚の母を貫きながら、正しい精神のあり方を獲得していった。
 捨てられた子供のまま大人になってしまった感のある絵梨衣と、なんという違いだろう。
 赤い日記の少女に共感し、青い日記の母親に尊敬の念を抱き――絵梨衣は悟った。

 親子の情を知らなかった自分が、やるせない子供の立場からしかものを書けなかった自分が、はじめて違う視点を授かったのだと。

(この日記は……氷河さんには渡してはいけない)

 筋を通すという意味では、モスクワに引き返すか、コホーテク村を訪れて氷河に手渡すべきだと思う。
 ナターシャがこの世の人ではない以上、この日記の所有者は氷河なのだから。
 でも、それは絶対にナターシャの本意ではない。
 リストビャンカに、ナターシャの故郷に行かなくては。
 絵梨衣がひとりでそう思ったのではなく、日記と出会った瞬間から運命的にそういう流れなのだ。
 氷河には秘密ができてしまったけれど、秘密なんてお墓に持って入れば秘密じゃない。


 射しこんでくる西日に、軽くめまいを覚えた。
 そういえば、おなかがすいているみたいだ。
 朝ご飯はもちろん、昼ご飯も食べていない。
 今は――夕方だろうか。
 どこかの駅に停まった気がするし、車内販売のおばさんが来た気配もあったし、車掌さんが掃除に来た気もする。 
 それほど、夢中になって読み耽ってしまった。
 同乗したおばあさんは、聖書を片付けて編み物をしていた。 
 窓の外には、相変わらず白樺の森が広がっていた。太陽が西に傾いて、やわらかいオレンジ色に輝いている。キラキラ光る秋の陽をうけて、木々はますます美しさを増していた。

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